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涙が枯れるまで。

超音波の日が12月5日から12月3日に変更になっていた。
だから、“あと2日で心拍が確認できる”って思ってドキドキ、ワクワクしていた。
そんな12月1日の夜7時、
仕事中にトイレに行って出血した。
ビックリして、まだ妊娠の事は誰にも話してなかったけど、オーナー(女性)に理由を言って早退させてもらった。
帰ってきて少し休んでいたけど、トイレに行くたびに出血する。
一週間前に報告したばかりの母に、“出血してるから期待しないで”と電話を入れた。
“病院に行きなさい!”と言われたけど
クリニックの担当のDr.にはもちろん連絡は取れない。
こんな時、カナダの病院の仕組みがよくわからない。
夫も私も出血くらいでは救急で見てもらえないと思っていた。
それでもとにかく病院の救急に行くことにした。
一人だけ妊娠の事を話したお友達(流産の経験をしている)が、
すごく混んでいて待たされるかもしれないけど。。
って教えてくれた。
運良く待たされずにすぐに見てもらえた。
ナースの男性が「出血があっても元気な赤ちゃんを産んでいる人は沢山いるから心配しないで」と励ましてくれる。
採血と超音波。心拍が聞こえない。
でもこの超音波は2日後にする事になっている物ほど精密ではないとの事。
血液検査の結果でホルモン値がわかるから1時間後に電話をくれるとの事。
下がっていたら流産の覚悟を。ということだ。
とても親切なDr.だった。
すでに夜中の1時を過ぎていた。電話がきた。ホルモン値はすっかり下がっていた。
急遽、病院で次の日に超音波を受けられる事になった。
それまで少しだけ痛み始めていたお腹が、徐々に激しく痛くなってきた。
一晩中、生理痛の何十倍もの痛みが数分おきに襲ってきて一睡もできなかった。
夫がずうっとお腹や背中を擦ってくれていた。
トイレに何十回も行った。その度に出血した。
亡くなっている胎児が出てこようとしているその痛みを感じながら、陣痛ってこれより痛いのかな?って考えていた。
朝の5時頃から、痛みが数十分置きになったのか?うつらうつらと少し眠りに落ちる事ができた。
朝7時、痛みで目が覚めてトイレに行く。
そして、“大きな塊”が膣にぶら下がった。

つわりも全く無かった妊娠生活。
一晩中の苦しみとこの“大きな塊”によって、本当に妊娠していたって実感した。

どれだけ泣いたら涙は出なくなるんだろう。

空っぽになったお腹を映し出している超音波のモニターを見て、
本当はドキドキしながら心拍を確認するはずだったのに・・と思い泣いた。

Dr.も技師もナースもみんな優しかった。
みんなそれぞれ、私が自分を責める事の無いように、いろんな事を言ってくれた。
それでも、私は自分に問わずにはいられない、
どうしてかな?
何が悪かったのかな?と。
私はこんなに健康なのに、って。

今日、友達が美味しい“肉じゃが”を作って持ってきてくれた。
それを食べていてふと思った。
“妊娠中にこういう美味しいものをもっといっぱい食べてあげれば良かった”って。
美味しいものをもっといっぱいいっぱい食べてあげればよかったって。






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悲しい報告です。

元気に育ってくれませんでした。

どうして死んじゃったんだろう。
いつ死んじゃってたんだろう。

もう沢山泣いたはずなのに、いつになったら涙が出なくなるんだろう。

一度もちゃんと喜んであげなかったから、逝っちゃったのかな。












プロフィール

まるみ 大吉

Author:まるみ 大吉
2010年。
今年こそ!遺伝子残し隊!!
(2010.02)

あれから1年。41歳で出産を目指します。。
まずは妊娠だ。
(2008.09)

39歳、結婚生活丸9年。
海外在住。夫と二人で楽しく暮らしています。
(2007.10)

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